夏祭り 前編


 





「銀ちゃん、わたあめ食べたいアルカ?」

 
 憎たらしい少女の笑みに銀時は負けてしまった。








 夏 祭 り







 夏も終わりに近づき、残暑が厳しく、セミの声が聞こえなくなってきたころ。
 髪が桃色の少女、神楽は、いつものように駄菓子屋へと足を運び、いつものように酢昆布を買っていた。
 駄菓子屋のおばちゃんにお金を差し出すと、酢昆布と一緒に1枚の紙が渡された。
 「おばちゃん、これ…」その1枚の紙をじいっと見つめながら神楽はおばちゃんに問いかける。「今日の夕方から夏祭りだからね。神楽ちゃんも行っておいでよ」と、おばちゃんはいつもの笑顔で返してくれた。
 
(これは、使えるアル)

 心の中で家にいる白髪天パ野郎を嘲笑っているこの少女のきれいな瞳に一体どれだけ黒いものを隠しているのか。
 おばちゃんはそんなことを神楽が思っているとも知らずににこにこと笑っている。
 そのおばちゃんを見て神楽は「アリガトウ、おばちゃん」と言うと自分が居候している家、万事屋へと走っていった。




「ただいまヨー」

 そう言って万事屋にズカズカ入って居間に行こうとする神楽に、万事屋を出て来るときにはまだいなかった新八が気づく。

「あ、おかえり神楽ちゃん 今日は早く起きたんだね」

「ウン 暑くてすぐ目が覚めてしまったアル」

 いつも目が覚めてもすぐに寝てしまう(つまり二度寝だ。酷いときには三度寝だが)人にこんなことを言われても、と思った新八だが流石に今日の朝、いや、昨日の夜からすごく暑くて寝苦しかったのはわかる。しかも神楽は、押入れで寝ているのだ。暑さも倍だろう。

「神楽ちゃん、朝ご飯食べないで行ったからお腹すいたでしょ?
 今日は鮭茶漬け付けてあげるよ」

「マジでか!キャッホォォォォォォ!!!」

 両手を突き上げながら叫ぶ神楽。
 すぐにソファに座ろうとしたら「手洗ってきてからだよ」と新八に言われ悪態をつきながらも手を洗ってソファにすわり鮭茶漬けを口の中に掻き入れた。朝ごはんを食べ終わり周りを見ると、近くで定春が新八に用意してもらった朝ごはんを食べ終えて伸びをしていたところだった。(食欲はいつものようにあるようで、ドッグフード7袋をしっかり平らげていた)
 
「新八、銀ちゃんは?」

 神楽の使い終わった茶碗などを台所にもっていき洗っていた新八は(もう素晴らしい主夫だ)神楽の方を振り向いて答えた。

「銀さんはまだ寝てるよ 
 さっき起こしに行ったのにまだおきてこないんだ
 昨日は僕早く帰っちゃったけど、銀さん飲みに行ってた?」
 
 手はてきぱきと動かしながら長い文章をすらすらと言う新八。
 神楽はそんな新八をぼーっと見ながら答えた。

「ウン。マダオと一緒に行ってたみたいアル
 でもいつもより帰ってくるの早かったヨ」

 はぁ、とかやっぱりか、とか聞こえてきそうなため息を落とす新八。
 そんな新八を見て神楽は宥めようとする。(いや、宥めるとは言わないかもしれないが)

「しょうがないアルヨ、新八
 所詮マダオにはマダオしか仲間がいないアル」

 いや、そんな意味でため息を吐いたつもりはないんだけど、と新八が言おうと口をあけたら他の声が聞こえてきた。

「誰がマダオだ 誰が」

 銀時が起きてきたようだ。
 声がした方を振り向く神楽と新八。新八は「いい大人がこんな時間にまで寝てないで下さいよ」と軽蔑の眼差しを送っていたが、神楽はそっちの方向へ走って行き、銀時に飛びついた。(抱きついた、という表現でもおかしくないだろう)

「銀ちゃん!夏祭り行きたいアル!」
 
 いつものようなやる気のない死んだ魚のような目で視線を神楽に落とす銀時。もちろん神楽はそんな目をされても気にも留めない。(というより、いつもこんな目をしているから気にする事もなかった)

「あぁ?
 夏祭りに行ったって金ねぇぞ?」

 神楽は銀時に抱きつきながらフフン、という偉そうな顔つきをして銀時を見て、ズボンのポケットに手を入れた。一方新八は、神楽の行動に唖然としている。

「大体めんどくせぇしよぉ
 そんなもんにわざわざ行くかっての」

 だるそうに銀時は言うと自分の体から神楽をひっぺがした。
 絶対にこの暑い中外に出たくない、と考えているのが表情から読み取れた。
 すると、神楽はやっとポケットから探していたものを見つけたようで、それを銀時の顔の前に持って行った。

 それは、1枚の紙だった。

 『夏祭り 歌舞伎町で8月23、24日に開催
  花火の際のS席2人分
  焼きそば、たこ焼き、カキ氷、わたあめ、りんごあめ、チョコバナナ
  上記の3つまで無料』

 と、書いてあった。
 銀時はその紙に釘付けになっている。

「か、神楽
 この紙どこで手に入れた?まさか盗ー・・・」

 銀時の言葉が途中で止まったのは、言うまでもなく神楽が銀時をぶん殴ったからである。
 新八は引きつった笑みをしている。

「駄菓子屋のおばちゃんに貰ったアル」

 「そ、そうなんだ、」と口と鼻から血をぽたぽたとたらしながら銀時はこたえた。
 
 ここで、やっと冒頭に戻り。
 
 

「銀ちゃん、わたあめ食べたいアルカ?」

 

 憎たらしい少女の笑みに銀時は負けてしまった。













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