ぎんちゃん、ぎんちゃん
いくら呼んでも私の目の前にいる銀髪で天パで万年金欠で足臭くて糖尿寸前で怖がりで、アレ、あとなんだっけ。まあとにかくいくらでも貶し言葉が出てくる子供のだめな見本である彼は返事をしてくれない。いや、例え返事をしてくれたとしてもそれは生返事だろう。だって、今彼は愛しの恋人、週間少年ジャンプに没頭しているんだから。誰がなんと呼ぼうと、何をしようと、絶対に反応を示さない。
よし、今までの恨みを果たそうではないか。油性のマジックってどこにあるんだっけ。あ、あったあった。新八がちゃんと片付けておいたのか。キュポッと音を鳴らしてふたを開ける。目指す標的は足の裏。何を書くかは決まっていない。うーん、なんて書こう。ばか?それじゃありきたりだ。天パ?そんなのいくらでも言える。そうだ、うんこを書いてやろう。
あ、やばい。足臭い。この悪臭は兵器か。この臭さを手に入れた国は間違いなく戦争で勝利を収めるだろう。私はいつも彼と暮らしているからまだこの臭さに耐性をもっているけどはじめて嗅いだ人は一発ノックアウトだな。定春。救急車を呼ぶ準備をよろしく。
頭の中でそう考えていると手からマジックが消えた。
なにやってんだ?
そう言ってきた銀髪で天パで万年金欠で足臭くて糖尿寸前で怖がりで、アレ、あとなんだっけ。アレ、さっきもこれ言ったな。まあとにかくその彼はジャンプを読み終わったようで私の方に意識を移してきた。
あーあ、これからがいいところだったのに。
口を尖らせて定春のほうに寄る。なでてやると定春は目を細くしてクゥーンと言った。アレ、そういえば新八が居ない。あ、そうだ。さっき買い出しにいったんだっけ。
おい、きいてんのか?
不機嫌丸出しな顔で愛くるしい少女と犬を見てくるいい大人。いい加減ジャンプ卒業しろよなクソジジィ。そう言ったら喧嘩になりそうだったから言うのはやめた。喧嘩しても勝つのは私だけど。いまはお腹がすいているからあまり動きたくない。定春は目を瞑っていた。ああ、寝ちゃったのか。やっぱり定春は可愛いな。私の目は確かだったようだ。
足の裏にうんこ書いたら足の臭さがうんこの臭さで中和されると思ったネ
適当にそんな返事を言ってておく。そう考えていたのも嘘じゃないんだけど。いい大人はまた思いっきり不服そうな顔で愛くるしい少女を見てくる。おまわりさん、ポリゴンがいます。ヘルスミー。あ、だめだ。おまわりさんもポリゴンだった。ポリゴンじゃなかったとしてもゴリラとマヨラーとサドとジミは嫌だけど。
お前ばかか。うんこ書いたって悪臭が発生するわけじゃねーんだぞ
いや、そこ?とツッコむメガネオタクはその場にいなくて。ああ、そうだったのか。うんこ書いても悪臭は発生しないのか。私は納得して一つ利口になった。教えてくれてありがおう。そんなことは口が裂けても言わないけど。そう考えていると彼は不服そうな顔をいつものだるそうな何も考えていないような顔に変えた。
さっきお前俺のこと呼んでたろ?
聞いていたんだ。彼は全神経を恋人(ジャンプ)に集中させて私のことなど何も聞いていないと思っていた。アレ、そういえば何を言おうとしていたんだっけ。記憶をさかのぼってみるも覚えていない。覚えているのは彼の異様なまでの足の臭さ。きっとそれが強烈すぎて忘れてしまったのだろう。そういえば、パピーもそんなにおいがしていた気がする。オッサンってみんなそうなのか。ああ嫌だ嫌だ。
早く返事してくれないから何言おうとしてたか忘れちゃったアル
少し目つきを鋭くしてみても彼は悪びれる様子もなくソファーに寝転がった。こいつ、狸寝入りするつもりだな。ソファーをひっくり返してやろうか。いや、今はお腹がすいていてそんなことをする気分にもなれない。新八早く帰って来い。玄関に向かって念を送り続ける。
ただいまー
念が通じたのかガラッという音と共に新八の声。すぐに駆け寄り食べ物をねだる。今日安売りしてたんだ、と言う新八の手のひらには赤い箱。私の大好物、酢昆布だ。あれ?銀さんも定春も寝ちゃったの?と新八が囁く。銀ちゃんは寝たふりしてるだけネ。無視しとけばいいアルヨ。そういうと新八はため息をついていた。新八のクセに生意気だ。だから新一になれないんだ。
ふわぁっと定春が欠伸をした。あ、起きたんだ定春。
あした、あさって、しあさって、
毎日こんな風に続いていけば、
それ以上の幸せはないんだ